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  • 2023/09/18

    もやもやしていることがある。仕事での目標設定について。

    無職なのに仕事のことを考えるのは不毛な気もするんだけど、なんと私は3か月前までは働いていたし、たぶんそのうちまた働くことになるのです。たぶん。無職になって一番ショックだったのは国民健康保険料の納付書で、その額は私に対して少なくない焦りを与えるに十分であった。この後国民年金でもショックを受ける予定なのでお楽しみに。
    仕事、私の場合はずっと勤め人で、組織に属して諸々のことをやったりやらなかったりしていたんだけど、会社員って、大抵の場合半年とか、短い企業だと四半期に一度、評価面談っていうものがある。ボーナスとか昇進とか、そういうもののために行われるんだけど、そこではこれまでの評価をするのとセットで、これからの半年、四半期の目標を立てることが求められる。要はその立てた目標を半年後、四半期後に振り返って達成しているかどうかでボーナスの額が決まったりするのだけど、この目標を立てることが苦痛でしょうがなかった。

    目標、仕事の。まず第一に、目標などない。私にはない。ないんだ。しょうがないじゃない。私は仕事に対してプライドがないわけでもないし、向上心がないわけでもない。少ないけど。でも私の仕事のスタンスは今必要と思うことをやり続けていくというもので、だから今何をやろうか、やったほうがいいのかは変わり続けていく。半年先なんてわからない。とりあえず今後二週間の予定は?と聞かれれば「◯◯のクライアントがこういう状況だからこういうことをする、それと並行して◯◯あたりの技術については一度理解しておいたほうがいいからそれの調査」くらいは答えられても、半年は私にとって長過ぎる。二週間は今、半年は未来。

    このスタンスのそのままを目標に書く、という選択肢もあるのだが、選択肢にあるだけで不正解である。第二に目標は、会社、基本的には直属の上司と合意を取る必要がある。この今必要だと思うことをやり続けていきますという目標は具体的に何をするのかという点が明確になっておらず、会社としては受け入れられない。これでは評価をすることが難しい。そのため目標は、会社、上司の意向を汲み取りその上で自分が何ができるのかを考えていくのだが、その作業の末に完成するものは、実現不可能な夢小説である。最初に名前を入力してね。悪夢だけど。

    この作業を半年ごとに行うのだけれど、率直に申し上げてとても消耗する、何をしているのか、何の意味があるのか、アンパンマンのオープニングテーマがそんな歌詞だった気がするが、私はその時カレーパンマンのような顔をして泣き笑いのような状態であった。私はこういった類いの物が本当に上手ではないので私だけかと思っていたが、この目標設定の時期、周りを見渡すとほぼ全員がカレーパンマンの顔になっていた。ふと見れば上司もカレーパンマンであった。せめて上司だけはジャムおじさんの顔であれよ。幸せな人間が誰もいない。誰かこれで幸せになっているのか。
    ちなみに私は上司側も経験しているのだが、その時はもう、カレーパンマンですらなく、藤子不二雄A先生の作画であった。世界観の相違。

    目標って無いといけないんだろうか。目標が無いと進むべき道を間違えたりするんだって、人生は選択肢の連続だから、その選択を間違えてしまうんだって、本当にそうなのかな。一つ一つの選択肢に誠実に向き合って選んでいくっていうのは間違えてしまうってこと? あんまりそうは思わないんだけど。


    この考えは自分の中で揺らいでいる。私は集団に対しては、無責任に理想や目標の不可欠さを感じている。何かを進めるには、まず理想の合意が必要で、そのためには各自の理想の提示が必要で、そのためには各自理想を考えるということがまず必要であると、そう考えている、まず最初は各自の理想を考えることが必要であると、これはもう、そのまま、上に書いたものとは正反対の考えだ。矛盾している。

    私個人に対する考え方と、集団に対する考え方が違う。そこには合意の必要性の違いがあるし、別に考え方が違ってもいいのかもしれないけど、無責任な気もする。責任。責任の回避を意識的にしているのではという気もしている。理想を誰かに提示することは、その理想に対しては少なからず責任を持つということ。責任。責任の持ち方なんてわからないけれども、できれば持ちたくない、子どもでいたい、ずっとトイザらスキッズ。私の生まれ育った街にトイザらスはなかった。トイザらスキッズであったことは私の人生の中で一度もない。今からでもなれるかな。

    嫌だよー、このままのらりくらりとしていたいという思いと、少なくとも私には家庭があって、仕事でも関わる人がいて、集団に属している人間として、このスタンスは不誠実なんじゃないかという思いのせめぎ合い。きっと勝者はいない、上手く和解してほしい、せめて私が潰れないうちに、なんとか、とも思うけれども、それはそれ、これはこれと切り分けするのがひどく苦手な性質から考えていかないといけない。根が深いというよりは、芋のように根がどこまでも横に伸びていっているような、私を変えるのはたぶん、思ったよりも大変だ。

  • 2023/09/15

    いつにも増して分かりづらい文章だと思う。

    生きづらそう、とはよく妻に言われる言葉。私自身は別に生きづらいと感じていない、感じていないというより、よくわからない。みんなこんなものじゃない? というのが正直なところだけれど、みんながどのくらい生きづらさを感じているか、世間の普通も実際にはわからないから、比べられるものでもないのかもしれない。

    ただもしかしたら生きづらいってこういうことなんじゃないか? と思える、私の特性が2つある。「理想的な振る舞いができない」ということと、「属性はグラデーションだと考えている」ということ。


    属性がグラデーション、というのはここ最近ジェンダー自認について諸々勉強している中で出会った「ジェンダーとは男女のきれいな二分割ではなく、グラデーションである」という考え方から来ていて、前から抱えていたジェンダーに限らない違和感にぴったりの考えだなと思った。前の日記(このブログのことを”ブログ”と書くのが恥ずかしかった。日記としておこう)にも書いたけど、「私はこういう人です」と言うのが苦手というのは、私が属性に対してこういう考え方をしているからだと思う。

    わかりやすい例は、よくネット上で行われる「きのこ/たけのこ論争」であり、知らない人(いるのか?)に簡単に説明すると、「きのこの山」、「たけのこの里」というチョコレート菓子のどちらが好きかで2つのグループに分かれ論争をするネット上の文化、及びそれに乗っかった企業プロモーションである。この論争にはきのこ派とたけのこ派の2つのグループしか存在しない。でも普通に考えたら「どっちでもいい」、「どっちも好き」という中間的な好みも存在するはずだし、私は「たけのこの里が好きだけどきのこの山も美味しいよね」と思ってる。

    ジェンダーも基本的には同じような考え方、ただじゃあ自分がそのグラデーションの中のどこに位置するのかはもっと色々な要素が絡み合って決まっていくのでそんな単純な話ではないのだけれど、要は男女きれいに2つに分かれるものではないよという考え方で、この考え方は今の私の自認にはすごくしっくり来ている、男女の中間のどこかにいるんだろうと、少し落ち着くことができる。

    それ以外でもポジティブ/ネガティブなどの性格的なものは大抵そうだし、例えば出身地だって、生まれてから今までずっとその場所で暮らしている人もいれば、出身はその場所だけど幼い頃に引っ越して他の場所で暮らしている時間の方が圧倒的に長い人もいて、出身地はどこですか? という問いにその場所を自分のルーツとどれだけ思えるかはやっぱり人によって変わるのだろうと思う。


    理想的な振る舞いというのは、上に書いたグラデーションの考えを無視して、2つのグループのどちらかとして他者から期待されるもの。例に書いた「きのこ/たけのこ論争」だと、「たけのこの里が好きだけどきのこの山も美味しいよね」と考えている私は恐らく、たけのこ派としての振る舞いを期待されるのだろう。そこではその他のたけのこ派と同じような熱量でたけのこの里を応援し、場合によってはきのこの山を貶めるようなことも期待されるかもしれない。私の「きのこの山も美味しいよね」という考えには消えてもらわないといけない。男性の振る舞いを期待されれれば、私の中の女性には消えてもらわないといけない。ネガティブの振る舞いを期待されれば、私の中のかろうじて残っているポジティブには消えてもらわないといけない。そういったことに私は非常にストレスを感じるし、悲しくなるし、そしてたぶん、その期待される振る舞いが上手くできていない。生きづらいって、こういうことなのかもしれない。


    仕方ないのかもしれない。多くの人と関わっていく中で、その人がどのような人なのか、プロフィール帳(今もある?)の各項目を埋めていくような整理をしていかないといけないものなのかもしれない。プロフィール帳の項目欄には、そんなに長い文章は書けないのだ。それにそのことが、誠実じゃないとも言い切れない。少なくともその人について大枠でも知ろうと、理解しようとしている行為ではあると思う。誰に対しても深く細かく知ることは難しいことではある。それでもやっぱり、私はもう、分類されることに対して強い抵抗がある。だから、もし私をあなたのプロフィール帳に載せてくれるなら、そのページには一言、「よくわからない人」とだけ書いておいてほしい。それ以外は空欄でお願いします。


    例に書かせてもらったけど、こんな考え方をしているので、「きのこ/たけのこ論争」の文化、及びそれに乗っかった企業プロモーションが私は大嫌いです。これはプロフィール帳に書いておいてもいいです。

  • 2023/09/12

    性別っていらないなと思っている。

    脳内会議ではこれについて諸々の意見が出されているものの、所詮脳内、全て自分であり、結局自分が性別をもう邪魔なものとみなしている。

    男らしさ、女らしさに対する拒否感は強い。だからといって性別自体を不要とする考えとは直接結びつくものではないはずだけど、じゃあ男だから、女だからといった思考や見なしが無くなった世界で、じゃあ性別ってなんのためにあるの? もういらなくない? 今日常生活において、性別ってなんのために使ってる?

    極端な考えで短絡的だなとも思う。でもここしばらくにおいて、なんというか、自分にとって性別は、邪魔でしかない。どっちでもいい。どうでもいい。誰からどっちに見られようがどうでもいい。どっちに見られようとも期待される振る舞いはもう私にはできないし。

    人に会わない生活を続けているからかもしれない。人の目線の中に再び戻ったらこんな他人事な感覚ではいられなくなるのかもしれない。一人でいる時に自分が男だな、女だなって思う瞬間なんてない。男だから、女だからこういう考えをしてるんだなって思う瞬間もない。ただ自分が、私がこんなことを考えているなと思うだけ。鏡で自分の姿を見て、もっと肩幅が小さかったらいいのにと思うことはあっても、それを自分が男だからこんなに肩幅があって嫌だなと思うことはない。願うのはでっっけえ万力の存在であり、両サイドから締め付けて細くしてほしい。Snap-onとかでめっちゃかっこいい巨大万力作ってくれないかな。でもやっぱり男の身体だなとは思ってるかも。それでも願うのは巨大な万力であることに変わりはないんだけど。万力で解決できることは万力で解決したい。

    もう一年以上前になるけれど、エレベーターで乗り合わせた人から「女性ですか? 男性ですか?」と聞かれたことがある。その人は同じ会社の最近入った人で、喋ったこともない人だった。その言葉はずっと心に残ってる。あの時確かに、その人の中で、私は男でも女でもない存在だったんだなと思って。そういう存在になりたいんだ、私は。その人とはその後喋ってない。初手からその質問をしてくる奴はマジでヤバイので。


    まとまらないまま書く、という行為をしている。伝えるためではなく書きたいことを書いている。まとめることは削ぎ落とすこととイコールだから、削ぎ落としていない文章を書いている。きっと私の考えていることは伝わっていない。どんな文章だって100%伝わることはない、でも私の文章はもっと低い、数%も伝わっていない、そんな文章を書くことが、今は楽しい。

  • 2023/09/08

    一進一退、というより少し調子に乗っていた。

    服薬を3週間ほど続けて精神はだいぶ安定してきたという自覚があって、そこで調子に乗って服薬を止めた。薬に頼り続ける怖さがあったことも事実だけど、大丈夫じゃないかと楽観的に考えていた。結局服薬を止めて5日間、状態は順調に悪化し、服薬を再開した。

    すぐに調子に乗る。

    再開してすぐに回復してきて、しばらく服薬していれば大丈夫かなと思っていたが、応募していた求人に落ちた連絡が来て、一瞬で崩壊した。ちょうど豚汁が飲みたくてコンビニに行っている時だったので、買って帰って泣きながら豚汁を飲んだ。

    もうすぐ一ヶ月になる。一ヶ月前、仕事を辞めた自分を、泣きながらおにぎりを食べていた自分を肯定してあげたい、生きるために最善の選択だったと言ってあげたいと思っているが、まだできていない。情けない、もっとできたはずと思っている。これは、今までの自分の感覚なんだろう。自分に対しても他人に対しても、そうやって思っていたっていうこと。

    仕事をしていればやらなければいけないこと、応えなければいけない期待は止むことなく向かってくるし、そんな中で感覚はどんどん麻痺していったんだろうな。前職はプレッシャーの強い会社ではなかったけど、中ボスが目の前にいるか、歩く度にダメージの入る呪いの装備を付けているかの違いくらいで、蓄積ダメージは喰らい続けてたってことなんだと思う。回復役の大事さよ。自分にも他人にもそれが大事だって気づけたのはせめてもの救いなのかもしれないね。

    大丈夫じゃないと書き続けてるのはアピールではなく、こんなところでアピールしてもしょうがないので、これは自戒のためで、今は自分に言い聞かせることが必要。すぐ調子に乗るから。また完全に調子に乗った自分も見てみたいけど、きっとこれからはずっと、「おかしいのは自分だよ」と心のどこかで思ってるんだろうな。それがいいと思う。


    豚汁は泣いて食べても美味しかった。晩秋になったら鍋いっぱい作りましょう。おにぎりも握って、その頃には笑って食べていられるように日々をやっていきましょう。我々には日々をやっていくことしかできないので。

  • 2023/09/05

    頭の中がまとまらないまま書いている。焦っていることだけわかる。

    無職の状態が良い訳はなく、働いていないという状態は当然のごとく収入がない。メンタルが回復しきっていないから無理もできないと思ってはいるけど、正直前のメンタルってどうだったんだっけ? 精神状態なんて何も問題が無ければ日常意識しない、健康な時って健康だなーって思わないじゃん? それでも身体の痛みとかは、痛みが無くなれば治ったのかなって判断できるけど、メンタルの不調って、じゃあ健康なメンタルってなんだよ、そんな時生まれてこの方あったのかよ、どこまでいったら回復したって言えるんだろ、今の状態でまた仕事に戻っても大丈夫なのかな、働いてた時ってどうしてたんだっけ、前って上手くやれてたんだっけ。

    免罪符のように求人を見て応募して、免罪符のように本を読み、免罪符のように英語を勉強している。少しでも自分の焦りに大丈夫だよと言わないと、言ってあげないといけない。それでも駄目な時は横になる。できるだけ何も考えないように大丈夫と呟きながら。猫が心配そうに上から覗いてくる。猫に大丈夫だよと応えてあげる。書いてて思うが、こんな状態は大丈夫ではない。大丈夫ではないです。

    自分で蒔いた種だと思う。このメンタルの不調も、最近考えている性自認の問題も、今に始まったことじゃない。予兆はちゃんとあった。無視した。上手く折り合いをつけることができていたと思う、思ってた。できてなかったけど。例えるなら健康診断のB判定みたいな、再検査必要ないけどちょっと異常値ですねみたいな、そういうのを無視した結果だから。見ないふりして放置して結局これ。後からだったらちゃんと自分のこと考えてあげればよかったなって思えるけど、こんなわかりやすい後悔ないよね。後から悔いると書いて後悔。

    きっとたぶん、大丈夫って思えないまま仕事を始めると思う。だってもう大丈夫がわかんないんだもん。誰か知ってる? 健康なメンタルって何?


    爪がボロボロになってしまった。しょうがない。ネイルを塗っては落としてを繰り返してっていうのはダメージがあるってわかってた。それでも流石に傷んでるなって思ったから、ネイルを落として爪も短くして、今週は休ませることにした。こういうことなんだろうな、何かを装うってダメージがあるもので、どこかで定期的に休ませてあげないといけないんだって、爪はわかりやすいね。

  • 2023/09/02

    あなたはどういう人ですか?

    わたしはこういう人です。

    これが苦手、上手く言えない、言えないというより自分で自分がどういう人なのかよく捉えられていない。こういう面もあればこういう面もあるよな、と思い始めてまとまらなくなってしまう。
    例えばポジティブ/ネガティブであなたはどちらですか?と聞かれた時も、一つずつの事柄についてはネガティブかもしれないけど、全体的には最後上手くいくはずみたいな気持ちもあってポジティブかもしれない、人からどう思われてるかみたいなところはネガティブに考えがち…のように思考が進んでしまう。

    あなたはどういう人ですか?

    わたしはこういう人です。

    これに上手く答えられる人はどうしてるんだろう、なんで自分はこういう人ですって思えるんだろう、なんで私は自分のイメージがふわふわしているんだろう、みんな思い込んでるだけでは? それとも折り合いをつけてる? でも他の人が本当にどうしているかなんてわかることはなくて、明確にわかるのは私が思い込むこともできず、折り合いをつけることもできず、ふわっふわの状態であることだけで、すいません、スフレパンケーキとかだったらよかったんですけど生憎生身の人間なもので…すいません…来世はがんばります…

    インドア派? アウトドア派? 家の中は好きだけどお散歩も旅行も好き。
    仕事は好き? 嫌い? 嫌いだけど喜びはある。
    一人で黙々とやりたい? 他の人と協力してやりたい? 日によって変わる。
    本当にジェンダー違和がある? 単なるミサンドリーなだけでは? ミサンドリーであることを否定はしない。けれども違和が全くないことも否定はできない。

    困るんだろうな、周りの人、と思う。自分で自分をどう捉えるかって、自分を第三者的に見ることで、それは周りの人が自分をどう捉えるんだろうっていうものと近いことだと考えれば、周りの人は私を捉えづらいんだろうなと思う。これについては申し訳ないと思うしせめて周囲に対してだけでも上手く折り合いをつけられるといいねと思う。思ってはいる。みんなが自分をイメージした彫刻を先生に提出している中、私はマーブル模様のゲル状の何かを提出しているような気分。先生も困るだろうね、ケーススタディにゲル状の何かを提出された時のことは載ってないと思うし。だからせめて彫刻っぽい何かを提出できるようにはしたいよ。なお自分に対しては思ってない。折り合いをつけたところで誤魔化せないから。ゲル状のまま。

    死ぬまで続くのかなこれ。死ぬの三千年後だけど。でも三千年悩み続けてそれでも答えは出ませんでしたなら、もうそれは、それが真理な気もするから、とりあえず三千年生きてみるかな。その時に答えを話します。


    三千年生きると言っているがイメージとしては猫又であり、我が家の猫も一緒に付き合ってくれないかな、三千年。ただ猫三匹、今のところ二本目の尻尾が生えてくる様子はない。私に至っては一本目すら生えていない。出遅れている。気長に待つか。

    5023年の東京で、いつからあるか誰も知らないたばこ屋をやろう。
    みなさんも三千年生きてたら買いに来てね。ライターくらいならおまけするよ。

  • 2023/08/30

    直近。タイトル。

    タイトルとは、本来内容を端的に表す、もしくは内容を象徴する。そのように付ける、のは、知ってます。知ってなお。

    タイトル付けるの恥ずかしい。恥ずかしがってどうするよ、誰も気にしてない、っていうか恥ずかしがるのそこなんだ、もっと他にない?
    ずっと直近っていうタイトルにしている、直近思ったこと、考えたことを書いてるから直近、でもこれ、あの、徒然日記的な、徒然日記ってタイトル付けてしまうのと同じ穴にいない? いる気がする、やだ狭いこの穴、そっちもっと詰めて!

    照れ隠しが逆に恥ずかしい状態、この絵にタイトルを付けるとしたらなんですかって聞かれて「え…(無題)…」って言っちゃうタイプなのごめんねわかってるその場の全員恥ずかしい誰も得しない展開、どうすんのこれ、この穴ってどうやったら出れる? なんかほんのり臭うし。腐臭?

    でも恥ずかしいものは恥ずかしい、今さらかっこいいのとか付けられない、ちょうどいいラインも見つからないし、そもそも書いた後で付けるの?先?どっち?お箸持つ方?
    だからしょうがない、しばらくこの穴にいるしかない、狭いし臭いけど。でもWi-Fi繋がるよ。じゃあまあいいか。

    ここまで書いて日付にすればいいんじゃね?って思ったので日付にしました。一番プレーン。穴からも出れる。出てるよね? これ外だよね?

    え?


    理想形を描くのもとても苦手。理想形。

    「今日よりちょっとでもいい明日になったらいいですね」と思って生きてるけどどうやらそれじゃいけない場面も多くて、わかりやすいのは仕事の目標設定とか、転職の面接で「5年度どうなっていたいですか?」とか、仕事じゃなくても自分の顔面って、外見ってどうなったら満足?とかは何も思いつかない。でもそれだと困るんだって。そっかー。ごめんね。でも何も思いつかないや。

    細かくここがこうなったらいいな、みたいなのはあって、それならそれを積み重ねてまとめて一個の形にしたら理想形、っていうステップはわかるんだけど、どうしても一個の形にならない、ここがこうなったら次はもっとこうしたいってなる、だってピアスまた開けたいもん。あと3つ。

    あとはまぁ、求められる「理想形」って、正直「質問者にちょうどいい理想形」じゃん? 理想は何って聞かれてとりあえず100億円ほしいですは理想だけどそういうことじゃないじゃん、それくらいわかるよ、だから言わないけど理想はそうです。100億円ほしい。
    コミュニケーションの問題、相手の望む答えを用意すること、きっとそれについても苦手で、根本的に理想形を考えることもちゃんと苦手だから、二重苦。厳しい。社会厳しい。

    これに関しては開き直るしか無いのかなー、とぼんやり思っていて、だって悪いことばかりじゃないし、その場その場で柔軟に判断できるでしょって、開き直りの言い訳もあるし。ぼんやりと生きていきたい。本当は。アイラインがちょっと上手く描けるようになっただけでとりあえず満足なんだよ? 私は。

  • 直近

    無職2週間経過。世界。世界としか言えないな。

    焦ってるわけではなく、リハビリみたいなもので少し休んでメンタルを回復させないといけないし、それと並行してフリーランスでやれそうな仕事をエージェントに探してもらったりっていうのはしてるけど、ステータスは無職、咳をしても無職。心は錦。嘘。泥。

    この期間に入ってから読書量が急激に増えた。読書しようって思ったわけではなくて、必要な栄養素を摂っている感覚に近い。

    2年前くらいから外見の表現方法が変わってきた。思い返せば中学生くらいからその兆候というか種みたいなものはあって、記憶にあるのがそこっていうだけでもっと前かもしれないんだけど、それが体重減少とメイクで外見って変えられるんだって思ったところで種が発芽した感じ。私はずっと憧れという感情だと思っていたけれど、感じていたのは違和感だったのかもしれない。どちらも今現状に対して本当はそうじゃないって思っていることは共通してるから、どちらでもいいのかもしれないけど、いやよくないな、女性に対する憧れより男性でいることの違和感の方が強い。そこから2年経って、そろそろ、整理というか、もう少し明確に、いやこれはビビってる書き方だね、自分の性自認をはっきりさせたいっていう思いがあります。限界。書けるのこれが限界。性自認って単語を書くことにビビってる。

    今読んでいる本のテーマは1つはLGBTQについて。もう1つがフェミニズムについて。

    どうしたって今まで、うわこれ怖いな、男性としていわゆる男性特権っていうものを享受してきて、個人的な考えとしては享受ではなく、特権とトレードで奪われたものがあるとは思っているけれども、そのトレードは個人差はあれど一般的には男性有利なトレードで、その状況の中で少なくない特権を得てきた、はず。でもその奪われたもの、課せられたものへの違和感があって、でもあなたはそれに併せて特権を行使していましたよね?それを今さら? 都合良すぎない?という思いが、性自認について悩んでいる間、ずっと頭にある。だからじゃあその特権って何だったんだろう、自分が無自覚に得ていたものって何だったんだろう、それを知って反省して、返上しないといけない、少なくとも、できる範囲では。そのためにフェミニズムをテーマに知識を付けないと、と思っています。

    でも性自認の問題も、男性特権の問題も、読めば読むほどこれすぐに答え出ないな、年単位かかるなっていう気持ち。でも本で知識を得ると少し落ち着く、ぼやけていた自分の悩みに少しだけピントが合う、でも完全にくっきりと映し出されるにはまだ程遠くて、道は長いね、スタート地点が今だな、という感じ。性自認だって男性が嫌なの?たぶんそう。女性になりたいの?たぶん違う、違う、んじゃないかな。じゃあ理想の状態ってなに?すいません、わかりませんっていう状態。ビビってるし怖いし後ろめたさはずっとあるし、今「結局こういうことでしょ?」って言われたら何も言い返せずに1人でミニストップの駐車場で座りながらハロハロ食べて、「そういうことじゃないんだけどな…」って呟くことくらいしかできない。うわ、かわいそう。抱きしめてあげたい。セルフケア。

    でもこれに関してはどうにか開き直ることもできない、できない気がしていて、しちゃいけない気がしていて、ちゃんと悩みなさい、年単位かかってもと内なる私は言っています。だから今は、悩んでいます。


    楽しいこと書きたいなと思う。今自分に必要なことを書いてると思うけど、それでもその内容が楽しい方がいい。最近あった楽しいことは、家の前を走り抜けていった子どもが「ジャン負け」って言葉を使ってたことで、懐かしいなーと思いました。まだジャン負けって使うんだ。

  • 直近

    曼珠沙華が好き。今年もそろそろ咲く季節かな。別名は彼岸花。

    彼岸に咲く花だから彼岸花。わかりやすい。でも曼珠沙華っていう名前の方が、この花の美しさを表していると思う。

    わかりやすさって便利なもので、これはもう曼珠沙華からは離れた話なんだけど、わかりやすい判別をして、わかりやすい名前を付けることは、運用上とても楽。とりあえずそこに押し込めて決めたルールに則って区別をすればあとはそれぞれのレールに乗せればおっけ、色々な複雑な、様々を処理するためにその必要があった、あったんじゃないか、私が(恐らくではあるが皆様が)産まれるずうっと前のことだからわからないけど。

    でもそれは運用上楽であった、考えやすかっただけで真実を表していない、偶然にも真実と一致していることもあるかもしれない、でも大半は真実とはズれている、なにかルールを決めること、区別をすることは、そこから外れる何かを、少なくとも例外として、個別事案として扱う、悪ければいないものとして扱う、切り捨てる。区別はいつだって、差別を内包していると、私は思う。

    仕事でさ、まあ今仕事してないけど、色んなルールや運用フローがあって、やっぱりそれがちょっと違うんじゃないかってなれば修正や微調整をする必要があるし、そもそもそのルールやフローの根本に大きな認識の違いがあれば、一から考えないといけない。ルールやフローの廃止まで含めて。反対もされる。今のルールに、フローに慣れてる人は嫌だもんね、そうしておけば良かったものを変えないといけない、新しいことに慣れないといけない、できればこのまま変わらなければいいのに。でも変えないといけない、時に客観的な事実、データを用いて、時にその場にいる全員を「我々」と呼び、どのようにありたいか、どのような未来を描きたいかを語る、説得する、あの手この手の裏では決定権を持つ人に個別にアプローチをかけて外堀を埋めていく、みたいなことをしてあるべき姿に持っていく。

    これを社会全体でやらないといけない。100%全員が納得してから変えるなんて不可能で、でも変わった後の景色を見ることで納得してもらえることもある。時間が解決するなんて逃げの方法だけど、事実時間に解決してもらえることはある。

    まとまらない、頭の中に色んなことが浮かんでいる、整理できていない。整理で追いつかないなら少し捨てないといけない。枝葉を切って整えれば少しは読める文章になるかもしれない、嫌だ、切りたくない、葉っぱ一枚だって捨てたくない、ほら、何かに繋がるかもしれないし。こうして頭の中がゴミ屋敷になっていく、ゴミじゃないんだ、全部宝、少しずつ整理するから、捨てないで。一つずつ書くから。私の頭の中の収納は、きっと整理すれば全部収まるくらいには広い、そう思いたい。


    子どもの頃の記憶、ある? 私は無い、無いわけじゃない、どうやらすごい少ないみたい。あの時こうだったよね、とか、思い出せる場面とか、みんなが話しているのを聞くと、私は全然覚えてないなぁって感じることが多い。それでもすごく薄く、ぼんやりと、その時の自分が感じていたことを思い出せる。

    先日地元に帰って歩き回った。地元は一応古くからの観光地で、今は色々なものを新しく、道も、建物も新しくして、できるだけ雰囲気を残しながら、それでも今までなかったようなおしゃれな店も増えて、良いと思う、前を向いてる、これからを作ろうとしてる。でもそのせいかはわからなかったけど、私はそこにいた昔の自分、君と呼ぼうかな、君の姿を思い出せなかったよ。景色が変わっただけで、いたはずなのにね。

    君は今と違う景色の中で、結構懸命に頑張っていたんじゃないかな、と思う。色んなことに馴染めない中で、色んなことが上手くできない中で、人との距離感がわからない中で、それでも君は居場所を作ろうと何とかやっていたよね。その時の君がそのことをどう感じていたのかはっきりとは思い出せないけど、不安と悲しさと、それでもやらなきゃいけないっていう気持ち、その頃から耐えることで解決する癖はあったね。

    頑張ったと思う、君は頑張ってると思う、でも頑張らなくてもよかったんじゃないかなって今の私は思う。もちろん君が頑張ったおかげで今の私があることは否定しない、けれどももう少し別の道もあったんじゃないかな。

    君が今感じていること、窮屈に思ってること、少し悲しいことは、これからも色んなタイミングで、現れてくるよ。無くなりはしない。それで困ったことに、あんまりそういうことと、上手くやれてないんだ。だからさ、できるだけ避けて歩く方法を考えよう、一緒に、もう少し、悲しいことや窮屈なことからは、距離を取っていいはずなんだ、そのために今君が何を感じているのか教えてほしい、代わりに君が不安に思っていることのいくつかは、もしかしたら解決してあげられるかもしれない、だから話したい、ゆっくりと。何か飲む? 牛乳がいいかな、好きだったもんね、私も今日はお酒はやめておこうかな、さて、何から話そうか。

  • 直近

    地元に戻る用事あるし爪を塗りなおす、夏らしいオレンジ、爽やか、私夏って大嫌い!

    好きなものの話をした方が楽しいよ、わかる、好きなものは道の駅と納豆ご飯です。愛してるよ。でももう耐えられない!私この城を出ていくわ!と思ったって外も夏、どこまでも夏、抜けるような青空、灼熱の空気、汗でベタつく肌、なんこれ軽めの地獄じゃん。地獄の予行練習? 今のうち慣れておいた方がいい? 行くの3千年後の予定なんだけど。

    思い返してみて夏を好きだった時って無い気がする。アンケートとか見ると四季の中で夏が一番人気らしいんだけど本当? それ夏休みの記憶に引きずられてない? 夏休みは私も好きだよ、ていうか休みが好き、今も休んでる、人生の夏休み。小学生が1年のうち40日夏休みあるなら人生だって9年くらい休んでもいいんじゃないかなー、どうかな? 私は本気で言ってます。

    海も山もBBQもフェスも、今やnear deathの世界で夏を好きになれる要素がもうないです海も山もBBQもフェスも行かないけど。でも家にいるのだって暑いより涼しい方がいいんだ汗で本のページが肌にはりつく!ビーズクッションに熱が籠もる!私はジェラートピケを着て猫を膝に乗せながら本を読んでいたいんだ、猫は寄ってこない、ひたすら床の冷たいところを細かく移動している、私は蛇口から出てくるぬるい水をひたすら飲んでる。お互いただこの時期を耐えている。

    早く冬になるといいね、温かいココアを入れるよ、去年のジェラートピケは猫にあげよう、お互い冬を満喫して春を喜んで夏を恨もう。


    「テルマ&ルイーズ」を観た。観ました。観たということしか書けない。書きたいことはいっぱいあるよ、まとまってないけど、いろんなことを考えて観た。観たんだけどさあ、その、ネタバレ、するから…

    個人的にはネタバレ気にしない。「テルマ&ルイーズ」だって高島鈴さんの「布団の中から蜂起せよ」を読んで、その中に出てきたから観たんだけど、本にラストシーン書いてあった。それでもそのラストシーンを実際に観て、自分がどう感じるのか、確かめてみたかったから、ラストを知ってたけど観た。

    こういう感じで、ネタバレというかストーリーを知っていてもそれを実際に観て自分がどう感じるのかは観ないとわからないから、別にいいと思ってるけど、至極個人的な意見であって、嫌な人は嫌だろうと思う気持ちはあるから、やっぱりここでちゃんと書くことには、うっ、って引いてしまう。だからできれば観てほしい。お薦めしたい。ラストシーンで彼女たちが見た青空がとても美しい輝いた青空だったと、これはすごく勝手なことだけど、そう感じてほしいって、思っています。


    コスメショップとか、服屋とかによく行くようになって、前と違って「世の中には私を美しくしてくれるものがこんなにもあるのだ!」と思えるようになったのは、すごくうれしい。ずっとそう思っていられるような自分でいたい。