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  • 2023/10/24

    ぼんやり思ってる二本。


    メンタルは結構回復してきたなという実感はあるもののまだ不安定で、突発的に泣いたり叫びたくなったりすることはある。泣いても叫んでも状況なんて変わらないんだけど、実際泣いたり叫んだりすることで気が楽になることもある、あるのです。

    ただ本当にメンタルが沈んでいた時は泣きたいとか叫びたいと感じる前に泣いたり叫んだりしてた、できていたんだけど、ちょっと回復してからは涙が出る前に泣きたいと感じて泣くような、少し順番が入れ替わって、最近では泣きたいと感じて、でも泣いてもどうにもならんしなと思って、それでも泣いたら少し楽になるかもしれないと思って、泣く、みたいな、だいぶステップが増えてきて、そうすると泣いても何も楽にならないのです。不思議。

    たぶん一回ブレーキかけちゃった後、理性が先に出た後だからだと思う。これは本当に回復してきたんだろうなと思う反面、これ結局積み重ねたらまた同じように追い込まれていかないだろうかという、感情の発露が元々下手なんだと思うけど、あー、どうしたらいいんでしょうね、泣いて楽になるけど実際に周りから見たらいきなり泣き出されても困るでしょう、逆だったら困るよ、私は。どうにか上手い感情の発露を、逃げ道を作ってあげないと、歌う? いきなり歌い出されても困るでしょう、逆だったら困るよ、私は。


    何かに熱中したこととか、本当に好きになったことがないかもしれない。

    誰かのファンですとか、趣味でこういうことをしていますとかが私にはなくて、たぶんのめり込むタイプでもないんだろうし、凝り性とかでもないし。

    振り返ってみたって子どもの頃から読書は好きだし、ゲームもやってるけど、どうにもそれが好きかっていうと、なんだか時間を潰すとか、何かからの逃避行動の一環な気がして、学校嫌いだったからなぁ、皆勤賞だったけど。本当に暇な時に自然に読書したりゲームしたりにならなくて、してもすぐに止めてしまうことが多い。何かのストレスがある時はずっとしてる。

    人生短い中で何かを残さないととか全然思わないし、というか三千年生きるから別に短くないんだけど、かといって有限の時間をぼんやり浪費するっていうのに焦りが無いわけでもない。でも焦って何かをやることって別に好きなことにはならないじゃん。でもだらだらし続けることも違うよねー、何が違うんでしょうね、正解ってなんでしょうね。

    今の状態が違うから、間違ってるから何かをするんじゃなくて、本当にそれがやりたいからそれをやるっていう状態になりたいんだけど、ここまで書いてこれ結構幼い悩みなんじゃないかと思い始めてきた、どうなんだろ、定年過ぎてこういう状態になる人もいるっていうし、少なく見積もっても定年後が2900年あるんだけど何して過ごそうか、でも2900年あるって考えたらちょっと楽しい。なんでもできそうな気がする。何しよう。

  • 2023/10/21

    上京して東京のことをどうこう言うのはダサい、ダサいです。それを今からやります。なのでもうクソダサいです。


    この無職の期間、平日昼間に出歩いては、仕事している人を意識して見るようになってたんだけど、改めて意識すると世の中にはものすごい種類の仕事があって、いろんな人が働いてる。大丈夫? これ。すごい頭悪い文章になってない? 職業体験の小学生?

    いやなんか、そしたらなんで今自分ってこの仕事、この領域やってるんだっけ、なんか別の道があったというか、別の道に進んでる可能性の方が高かったよな、なんで今こうなってるんだろう、なんで今こうなってるんですか?

    私は東京だったらまぁ通勤圏内かな、ギリ、みたいな土地の出身で、地元に若者が働く場所が全くないかと言えばそうでもなく、東京に絶対に出るような土地ではなかった。もしあのまま地元に残ってたら、むしろその可能性の方が高かった気もするし、そしたら地元の会社で営業してたりとか、空港も近かったからそっち関係の仕事とか、そんな仕事して、地元でひっそり暮らしてた、みたいな人生があったんじゃないか。別にそうなりたいわけじゃないけど、現実的にその道はあった。

    でも15年前にどうしてもwebの領域に関わりたくて、webやるなら東京出たほうがいいよねと思って東京に出たらひょんなことからマーケティングの領域で、それからずっとその世界。先端ぽい世界で、なんか雰囲気もこう、なんだろ、あんま馴染めてないんだよな業界の雰囲気、スマートな感じ? 先端ぽい感じの、頭脳労働みたいな、ね、ほんと… 馴染んでない…

    特にwebの領域の前に初めて勤めた会社では営業職だったし、営業の傍ら警備事務所に複合機入れたり、ソーホーの事務所の床剥がして無理やりLANケーブル引いたりしてたから、私LANケーブルにコネクタ付けられるよ。ケーブルの皮剥いで中に入ってる6本くらいの線の位置間違えずにコネクタの中に入れて器具で固めるだけだけど。


    別に今からそういう仕事に、そういう生活になりたいわけじゃない、だけれど薄っすら今の自分がやってることに違和感がある、本当は違うことをしているはずだったのではっていう思いがどこかにあって、でもそれはたぶん、自分の人生を生きてないってことなのかなと、少なくとも今に繋がる入口は自分で選択したわけで、そこから繋がってる今を他人事みたいにして見てるのは違うよなーと思っています。えらいですね、ちゃんと反省できました。でもなんか遠いところに流れ着いたなという感じは否めない。あとこれ東京別に関係なかったわ。別にダサくない。別の方向でダサい。

  • 2023/10/17

    プールの冷たさは入った瞬間にしかわからない

    っていう言葉知ってます? 今私が考えました。
    入っちゃえば水の冷たさには慣れちゃうから、入った瞬間が一番冷たい。もっと言えばもう私はその水の冷たさを知っている、初めてプールに入る子どもとは違うから、プールに入る前に想像した水が一番冷たいのかもしれない。


    まぁ仕事の話なんですけど。

    無事に社会復帰したものの朝の不安と憂鬱がやっぱりすごくて。家に一本だけ残してあったエナドリ飲みながら駅までの道を歩く。この時間に出歩くことがなかったから忘れてたけどたくさんの大人が…こんなに…え…みんなちゃんと働いているのか…

    それに比べて私は! と思いながら電車に乗る。見慣れない車窓をぼんやり眺める。窓に映った私が「こんなのはおかしいよ、間違ってる」と話しかけてくる。あー、こんなはっきり見えないはずのものが見えるのか。そうだね、間違ってるね。


    電車は途中で川を何本か渡っていく。
    浅い綺麗な水が流れる川とは違う、深く濁った水が流れる川だけど、そんな川にしかない魅力があるなと思う。
    地元を離れてから選んだわけではないけれどもずっと近くに川のある場所に住んでいて、落ち込むと夜の川を見に行っている。深く濁った川には引力があるから、あんまり近づいちゃいけないルール。少し離れたところからぼーっと眺めているとなんと何も解決しないのです。何も解決しないことはわかってるのに落ち込む度に川に行く。


    働いていた時はなんで働かないといけないのかと思っていたんですけど、無職期間を経て、働いていることは間違ってると思うようになりました。思ったところで何も変わらないんだけど、でもやっぱりこの状態は間違ってると思う。思ったところで。
    でもちゃんと思えたからこそ開き直れる、私はこれから先、会社員のフリをしていくことに決めました。働かないといけない事実は変わらないし、生きることは間違っていないので、ちゃんとフリを続けていくという決意。前と同じには戻れない。


    私は悲劇の主人公ではないから、ちゃんと自分の人生を生きましょうね。生きることをやっていきましょうね。

  • 2023/10/11

    なんだかんだ無職生活も板につき、日々を悠々と過ごしているがこんな日々が永遠に続くわけなどない。社会はそれを許さない。厳しい。来週からは一応社会復帰、まともなふりをして会社員として日々を過ごす生活に逆戻り。厳しい。

    4ヶ月の無職生活は普通に社会人をしていると発生しないボーナスステージであり、この先こんな長い時間は私に訪れない。定年まで。たぶん。どうかなー。40過ぎてからの無職はまた一味違うらしいのよね。ぜひ味わいたい。

    モラトリアムの終わり、妻は台湾でも行ってくれば、こんな機会もないしと言ってくれたが、それは断って、というかこんな機会もないしと言ってヨーロッパ行ったし。遠い昔に思える。ただ一つだけわがままを言って、私は今、福島に向かっている。

    諸橋近代美術館。

    猪苗代の山中にある、ダリの作品の収蔵数としては世界でもトップクラスの美術館であり、17年前、私はそこを訪れている。


    昔話をします。

    17年前、私は入った大学に馴染めず、1年で退学しました。通ったのは夏休みまでの3ヶ月だけ、後は籍だけ残して行かなかった。大学を中退した私のステータスは無職、奇遇だね、今と一緒だ、穀をぷちぷちと潰すだけの存在を社会は許さない。私は周囲より一足先に社会人となった。

    入った会社は古い小さな会社で、その会社において若者、特に10代なんてURクラスのレア度であり、それはそれは手厚い研修を定年間近の部長から受けたのだが、その一環で福島にある取引先工場の視察、及び運営する宿泊施設の視察があった。まだ免許を持っていなかった私は、郡山から部長の運転するマツダのスポーツカーで連れ回されることとなるのだが、雨の東北道を爆走する車内では必然的に死がちらついた。今思えばあれも研修の一環だったのだろう。命の教育。

    その研修の合間に連れて行かれたのが、諸橋近代美術館だった。千葉の片田舎の若者に文化的な教養など全くなく、美術館に行ったのはあれが初めてだったと思うけれど、初めてがダリというのは振り返ってみればなかなか強烈な入口だと思う。


    再び2023年の現代。

    あの強烈な入口はそれからずっと、私の心に残っている。なにかわからないが、私はあの時、すごいものを見たという印象だけを覚えている。作品名も何も思い出せない、それでもあれを超える体験は、結局無かったと思う。

    それでよかった。心に残っているという感覚で満足していたが、最近になって施設や店舗というのは、自分が思うよりも簡単に、消えていくものだという実感が出てきた。美術館だって、美術品は無くならないかもしれないが、その施設は思うよりもあっさりと、消えていくことがある。なにより諸橋近代美術館は私営の美術館であり、永続的に存在するかはわからない。だから今、再び訪れることにした。5時間かけて。遠い。美術館行くのに5時間は遠い。旅行のついでの美術館ではなく、美術館モクの5時間である。機会があれば訪れたいとは思っていたが機会はなく、この5時間が結局再訪の大きな障害となっていたのです。


    あの日と同じ、山の中にぽつんとある、本当にぽつんと、本当に山の中。本当に。最寄り駅からタクシーで五千円かかったから。マジかよ。三千円超えたあたりで歩くか?とも思ったけど周りの風景が熊と親和性が高かったのでやめた。

    17年前とさすがに展示は変わってる、と、思う。たぶん。でもイメージ通りだった。イメージと違ったのは、私だった。

    着くまでは遠い遠いとは思っていたけれど、展示を見た後では、別に半日あれば着く距離に何を渋っていたんだろうと思っている。定期的に来るべきだった、自分がこの作品群を見て何を思い何を感じるのかを、定期的に確認するべきだった。

    なんか高尚な感じがあるが、私はアートについては鑑賞することは好きであるものの知識はさっぱりで、このように固執するのもダリだけです。他の作家や作品はよくわからない。ただダリの作品だけはなぜか、処理できない感情があるというか、近いのはキュートアグレッション、作品の中に入り込みたいような、そんな感情を抱く、ので、たぶん好きなんだと思う。キュートアグレッションについては各々眼の前のハイテク機器で調べてください。その大好きな薄い板でさあ!


    上手く言語化できなかったし、これからもできない気はするけど、ちゃんと「私が一番好きな芸術家はダリです」と言えると思う、今なら。なんとなく、そのためにここまで来たんだなと思える旅だった。だったじゃない。終わってない。今から1時間半バスに乗って郡山に向かいます。そのバスを待つ停留所で、これを書いています。やっぱり遠いんだよな。でもまた来れる。今日来れたから。

  • 2023/10/06

    歩く。涼しくなったから歩く。ずんずん。

    外に出る用事も無いから、歩くために外に出る。外に出て歩く。歩いている時にイヤホンはしない。危ないしね。あとこの生活になって音楽を聴く習慣がなくなってしまった。これは悲しいね。家で音楽を聴く習慣がそもそも無かったから、貴重な通勤が無くなって音楽を聴かなくなってしまった。だから歩いている時は特に何も聴かず、雑踏でもない平日昼間の道では耳に入る意味のある音は何もない。必然的に頭の中に意識が向いてくる。あれ、これ前回と同じパターンじゃない? 今日頭の中にあったのは、「お前、これからどうするの?」という問いだった。お前って言わないで。


    川沿いに腰を下ろす。真上には首都高。東京っぽくないけど東京の景色だなと思う。

    これからどうするもこうするもない、頑張って毎日を生きていきましょう死ぬまでね、と綺麗な10点満点の着地にはならず、これからどうするの? とは、どういう人になるの? ということで、ただ生きて日々を積み重ねていくだけではないでしょう、何らかの意志をもって何かになるんでしょう? うるさいな。


    子どもの頃って何かにつけて将来の夢を書かされた気がする。

    何もなかったな、何も。将来こうなりたいって、ずっと適当にそれっぽいことを書いてた。憧れもなかったけど、現実的に考える頭もなかった。将来について想像することができなかった。

    将来の夢があったとして、それが叶わなくても、少なくともその夢を追っていた時期はその後の自分を構成する重要なパーツになる、と、思う。わからないけど。だって無いんだもん。でももし重要なパーツになるのだとしたら、私には重要なパーツが欠落していることになる。


    欠落感、っていう日本語はあるのかな。ググってみよ。あったわ。

    欠落感とは、自分は人並でないという自意識のことです。欠落感の類義語には、喪失感、寂寥感、空虚感、寂しさなどがあります。

    人並ではない、足りてない、何かが。まぁ、近い気がする。私の場合はなんだろう、経験かな。要は頭であれこれ考えるだけで何も、現実世界ではなーんにもしてない、頭でっかちってこと? 「でっかち」の語感はFUNNYだけどその突き付けた刃は下ろして欲しい。ちょっと刺さってるし。


    「お前、これからどうするの?」に対しては、お前って言わないで、どうしよう、どうしたらいい? 頭の中の私だって、別に意地悪で私に聞いているわけではないんだ、わからないんだよね、もう二人で並んで、わからないね、えへへ、って笑えればまだいいけど、もう笑うこともできないね。

    問いに対して明確な答えも無ければ、達観もできない。これに絶望する必要なんてないのに、実際今の私は絶望している。文章がまとまってないことが表している。焦りがある。本当は自由に出れる部屋に閉じ込められてる。どうしようかなって考えている間にも時間は過ぎていく。もしかしたらこのままの調子で生きていっても、どこかで、何かのきっかけで、見つかるかもしれない。そんな期待は、どんどん薄くなっていく。

  • 2023/10/04

    一気に気温が下がって涼しい朝、降っていた雨もすぐに止んだ。この夏、暑さに参って庭の草を放置していたので、重い腰を上げて庭の草をむしる。雨上がりと草むしりは土が柔らかくなって最高の組み合わせであり、そして無職と草むしりも無限に時間があることから最高の組み合わせなのです。いえい。

    草をむしっていると両手が塞がるので、何かで気を散らすことができず、草をむしりながらぼんやりと考える。結局自分は何なのか。


    ここ何ヶ月かで考えていた性自認については、書籍とかで学んで考えた結果、「どうでもいい」という結論に今のところは落ち着いた。この「どうでもいい」は考えることが面倒になったとか、そういうものではなく、自分が男女どちらのジェンダーなのか、もしくはその他の何かなのか、今自分がこういう表現をしたい、こういう人でありたいと思うその総体に対して、そもそも何かにカテゴライズ、何かをラベリングする必要ってあるんだろうか。そうしたところで何か変わるのか? 何のために自分をどこかに入れるの? という疑問がずっとあり、じゃあ今何か決める必要なんてないねと思った結果の「どうでもいい」です。ドクダミはこんなに千切れやすいのになんでこんなに繁殖するのか。
    もちろん自分をこのカテゴリーだと認識して、それを表明することで生きやすくなる人もいるし、それを否定するつもりもない。ないというか、恐らくその方が自然なんだと思う。私が「どうでもいい」に今辿り着いているのは極端に人と関わることが少ない状況だからで、多くの人と関わる状況であればまた違う結果が出るのかもしれない。それはわからない。名前のわからないシダ植物を抜く。


    草むしりを終える。軍手を通り抜けて手に付いた草の匂いを洗い流しながらまだ考える。まだ「男女」の区分けを明確に認識していなかった頃と、成長と共に明確になっていった過程。紐づいているいろんなことを芋づる式に思い出していく。

    小学校高学年の頃にはクラス内のグループなんてきっかり男女に分かれていた。それでも私は姉の影響で少女漫画を読んでいたこともあり、共通の話題で女子と話すことがあった。その中に一人、おすすめの漫画を貸してくれたり描いてる絵を見せてくれたりする子がいて、私はその子に好意を抱いていたけれど、その好意が何というものなのか、どう扱っていいものかわからずにいたし、その頃はまだ私も周囲も幼くて、不必要に男女が仲良くするということが冷やかしの対象になっていたから、何となく距離を近づけられないままだった。でも今だったらわかる。私がその子に抱いていた好意は、純粋に友達になりたい、だった。同じ目線で、少女漫画のキャラクターについて話したりしたかった。それは叶わなかった。

    中学生の時に、Tommy february6がデビューした。それはもう、本当に、圧倒的に可愛かった。誰かになりたいと思ったのは初めてだった。厳密に言うと小学校二年生の時に地獄先生ぬ~べ~に憧れて自分で黒い手袋を作って左手にしていたのが初めてだったかもしれないんだけど、それは一旦置いておくとして。恥ずかしいし。普通に小学校にしていってたし。鬼が封印されてもいないのに。
    Tommy february6にはなりたい自分が全て詰まっていると思っていた。声も姿も振る舞いも、その表現全てに憧れて、憧れただけだった。だって、なれないじゃん。頑張ればなれるかもなんて、思えるような、知識も希望もなかったし。でもその頃から今まで、現実世界にいる人で憧れたのはTommy february6だけだし、憧れ続けてるよ、たぶん死ぬまでずっと。


    草のなくなった庭、庭と書いているけれど庭というか通路、東京の狭小住宅に庭などない、そこにしゃがんでたばこを吸いながらぼんやりと考える。
    「どうでもいい」という結論に「今のところは」落ち着いた。今のところは。書籍を色々読んで良かったなと思うのは、ジェンダーは揺らぎ続けるものと知ることができたことだった。これまでのことを思い出しても、私には女性になりたかった時期はきっとあるし、それでも今は女性ではなく、もっと別の何者かわからない存在になりたいと思っている。ノンバイナリーですら性自認の一つのカテゴリになるのなら、私はuncategorizedになりたい。この話にハッピーエンドはない。この先もきっとない。たぶん。分類されないまま生きていくにはどうしたらいいか悩み続けて死ぬ。三千年後に。

  • 2023/10/01

    優しくなりたい

    って何年前の曲だっけ。2011年。12年前。12年も経ってるのにちっとも優しくなってない! 残酷すぎる。12年ってもっとこう、人間的に、こう、成長的ななんか、そういうのがあってもいいんじゃないか。ない。現実。

    優しそうと人は言う、私を指して。そして私はちっとも優しくない。正確には、私は私のことをちっとも優しい人間だとは思っていない。人が私に抱く印象は最終的には人それぞれその人の中で形作られていくもので、実際のところどうかはわからないけれども、人の印象と私の自覚は大きく異なっている。


    なんでこんなことになっているのか。原因はある程度推測がついていて、「人と物事に対するハードルが違う」ということと、「単純に人への興味が薄い」ということだと思う。

    ハードルは、わかりやすいところだと何か荷物を運ばなければいけない人がいて、その人はその荷物を運ぶのに10の労力が必要だとすると、私は身体が大きいのでその荷物を運ぶのに6の労力で済む。そうすると私が運んだほうが良いから、荷物を運ぶのを代わってあげたとして、その人は自らの10の労力で感謝してくるけど、私の実感としては6の労力を提供しただけなので、そこにギャップができる。私が思うよりも多く、感謝されている状態。
    今のはわかりやすい例だけど、例えば何かの作業であったり、誰かに伝えづらい何かを伝えないといけなかったり、そういったものを代わりにすることが、あまり苦ではない。正直、本来やらなければいけない人の何かを代わりにするという時点で、私の中には「自分の仕事ではないし」という言い訳が発生し、それ故にだいぶ無責任に代わりを行っている。実際には責任を強く感じるかどうかで結果が変わることなど稀で、それで大抵のことはどうにかなってしまう。それで感謝される。自分が思うよりも多く。

    人への興味が薄いというのも、例えば相手が遅刻をしてくる、相手が何かしなければいけないことをしていないという場面で私が感じるのは「じゃあどうしようか」であって、相手に対して憤りを感じることがあまりない。そもそも他人のすることを自分が左右できるわけじゃなく、自分ができるのはその後どうするかだけで、今更過去を変えられるわけでもなし、憤ったところでどうにもならない。粛々とそこからどうするかを考えてしていくだけである。私から見れば冷たい人だなと思うけれども、他人から見ればそうじゃないんだろう。


    つらつらと、私は本当は優しくないんだ、周りは勘違いしているという内容を書いたけど、これを書いて何になるんだろう。世界に優しくないとアピールして何か得することがあるんだろうか。でも、気持ち悪いんだ、ずーっと、少し。損得の話ではなく。ただ多かれ少なかれ、誰しもそういうものを抱えているのかもしれない。周囲からの評価なんて自己評価と違って当たり前で、それでも近しい人たちがちゃんと理解してくれていたりするから、それなりに上手くやっていけてるのかもしれない。私だって、妻はちゃんと私のことを「あなたは優しい人ではない」と認識してくれている。ただその理由は上に書いたことではなく、「あなたは身体が大きいからその気になれば大抵の相手を倒せるので、その精神的余裕から寛容なだけである」というもので、マジでクレイジーな理由だなと思って気に入っている。全然違うけど。

  • 2023/09/28

    美容室の鏡が苦手でさ。

    こっちは美容室終わったタイミングで100点になりたいの。100点にするために髪以外はもう最大限善処してっていうか今できる精一杯、顔面は100点に作って臨んでるのに何だね、美容室の鏡の前に座ったら100点じゃないの。思ってたのと違う。これじゃ美容室終わっても100点にならない!
    なんなの美容室の鏡、真実を映さないで、夢だけ見ていたいの鏡よ鏡、世界で一番じゃないのはわかってるから、アン・ハサウェイとかいるから、世界で一番じゃないとしてもどう? 悪くはないでしょ? おい答えろよ鏡、悪くないって言って。可愛いって言って。

    だから美容室の鏡はできるだけ見ないように、オーダーしたら速攻でタブレットで雑誌見てる。今日はNewsweekずっと読んでた。幸いなことに担当してもらってる美容師は全幅の信頼がおけるので、もう細かいところは全部任せてる。オーダーしてからは「はい」、「大丈夫です」、「前髪もうちょい切ってください」、「冷たいお茶で」しか言ってない。ルマンドもくれた。2本。

    全幅の信頼をおいているだけあって最低限のコミュニケーションで100点の仕上がりに持ってってくれるから助かる、美容室の鏡も悪くないって言ってる。可愛いって言えよ。


    4時間かけてハイライト入れてピンクブラウンの髪にしました。

    こうやって髪色変えたりピアス開けたり、タトゥーは入れたいと思って入れられないんだけど、自分にとってはこういうの全部アーマーになってるんだろうな。心の。自信がないからね。自分に。

    私は気が弱いし、身長の割に存在感は無いし、未だに渋谷は怖いし、でも外見を自分の好きなように、思ったような外見に近づけると、少しだけ、こう、ちゃんと主張ができるようになる。主張ができる人間を演じることができるし、周囲も外見から、なんとなく主張してくるタイプの人間って認識してくれる、少なくともお仕事の上では。舐められない。

    外見で何かを表すことって大事なんだなと思う。どうしたって長く深くコミュニケーションできる相手ばかりではないから、ある程度見た目で自分はこういう人間なんだよ、って伝えることをしないといけない、それは可愛くなりたいとか、そういうこととは違くて、表現の一つとして必要なんだなって思います。それはそれとして可愛くなりたい。ねえ鏡? 可愛いって言えよ。

  • 2023/09/26

    昨日の朝、ふと思い立って自転車で海まで行った。涼しかったし、一昨日ジムに行って少し精神状態が良くなったのもあって、ちょっと出かけてみようという気になったから。

    海が見たいと前から思っていた。海を見れば何か気分が変わるんじゃないかという漠然とした思いがあったんだけど、真夏だし、真夏の外に出るくらいなら海は別に見たくない。真夏の海は私のためにない。なんとなくそんな気がしている。海側もそう思ってるんじゃないかな。お互いタイミング次第のところあるよね。まぁ、そのくらいの見たさではある。

    海に行くってシンプルで川沿いを下っていけば必ず海に着く。google mapだと14km、自転車で14kmってなんか許容範囲な気がする。子どもの頃、まだ自転車がメインの移動手段だった頃って目的もなく自転車漕いでそのくらい走ってなかった? 測ってないからわからないけど、たぶん漕いでた、もう大人だし、大人はもっと走れると思う、私も大きくなりました。

    で、走り始めたら何のことはなく、あっさり海についた。1時間半くらい? 海。近いんだ、海って。行こうと思えばすぐに海って見れるんだね。なんか結局、行こうと思わなかっただけなんだっていう再確認。別に気分は変わらなかったし、ぼーっと眺めて海だなーっていう頭の悪い感想しか思い浮かばなかったけど、やろうと思ってできてないことは、やってないってだけなんだなーって思えたのが良かったなって思います。思いました。


    思いましたで済めばいいんだけど、来たからには帰らないといけないのよね、googl mapで14km。そうだね、行きと同じ道だもんね、同じ距離だね、マジでダルいね、もう海見て何か感じるフェーズ終わったんだけど!
    渋々漕ぎ出す、同じ道も飽きるから少し違う道を川に沿って上っていく。そっか、川って高いところから低いところに流れるんだね、川だもんね、東京の海抜0メートル地帯を走るとはいえ、原理的には登り坂です。ちょっと考えればわかることです。ちょっと考えてほしかったな! 出発前に! あっさり海に着いたのに全然家には着かない。太ももはもう子どもじゃないよと大人の体力の無さをアピールしてくる。街道沿いのスシローと焼肉きんぐの誘惑がすごい。寿司と焼肉がこんな至近距離にあるの? 昔の王族の夢? あとなんか向かい風なんだけど!

    そんなことで倍の時間をかけて家に辿り着いて、その後は横になっていました。もう輝けない。二度とやらない。焼肉きんぐ行きたい。行ったら何か変わる気がする。

  • 2023/09/21

    朝の諸々を済ませた後から6時間、ほぼ横になって過ごしていた。昼寝を2回、昼食、それ以外はYoutubeでゆっくり解説を見ているのみという体たらくであり、ドラッグストアに行かなくてはいけないと言い聞かせてなんとか身体を起こした。

    昨日のうちから予兆はあった。昨日も午前中を同じ状態で過ごした後、気まぐれにエナジードリンクを飲んだら効きすぎてしまい夜にここ何ヶ月かでは一番テンションが高い状態になってしまった。その状態の中、「反動はあるんだろうな…」と考えていたが、反動がこれです。おかけで西武グループの歴史に詳しくなりました。なったとて。

    長いこと続いている右耳の不調は七物降下湯という漢方を朝晩ちゃんと飲むようになってから結構落ち着いてくれている。この漢方が無くなってしまったのでドラッグストアに行かないといけないのだが、15時までうだうだと生きているか死んでいるかわからない状態で過ごしていたため、雨が降り出してしまった。報い。リーマン・ブラザーズ破綻の経緯に詳しくなるのと引き換えに雨の中ドラッグストアに行くことになる。世の中上手くできている。なんとなく、プラスとマイナスの帳尻が合っているような気がする。どちらもそれほど大したことではない。

    ドラッグストアで目的の漢方を探していた時に、半夏厚朴湯という漢方が目に入る。思い出した。私はこれを飲んでいた。適応障害で10日で辞めた会社の前、10年勤めた会社の末期、私はこれを飲んでいた。徐々に仕事に具体性がなく、というよりも自分で具体化していくことを求められるポジションとなり、ぼんやりとメンタルの不調を感じていた時にドラッグストアで目について、お守りのように飲んでいた。

    効いているのかいないのかわからない半夏厚朴湯はそのうち飲まないようになった。でも私は、もうその頃から自分のメンタルに違和感を感じていたんだ。転職でいきなり適応障害になった、それはきっかけ、トリガーを引いたということで、指はもう前からかかっていた。これは私にとっては少し、救いがある。タイミングが悪かっただけ、自信が持てなくなっていた時期だった、その時に転職してしまった。色々なものが重なっただけ。人生にはそういうこともあるでしょう? たぶん。ドラッグストアで少し心が軽くなった。

    じゃあ自分に自信が持てるようになったかと言えば別にそういうわけでもなく、まだ服薬も続けている今、働き始めるのがいいタイミングなのかと言えばノーではあるものの、恐らく10月から働くことになると思う。色々なものは待ってくれない。それでも私のスキルで十分できるような仕事ではあるし、その分収入も大きく下がるけど、お金をもらって社会復帰のリハビリをすると考えればそう悪いことではないと思っている。トリガーに指はまだかかっていると自覚しながら、とりあえず細々と毎日仕事ができればそれで良し、しばらくはそうして生きていこうと思う。

    そんなことを、エナジードリンクを飲みながら書きました。もう飲まないぞ、という気持ちで飲んでいる。お酒で考えればわかりますが、居酒屋でもう飲まないぞ、と言っている奴はまた飲む。ただ私は今、もう飲まないぞ、と思っています。思っては、います。