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  • 2025/09/25

    現実逃避のためにこのサイトがある、皆さんの現実逃避ではなく私の現実逃避です、皆さんの現実逃避は各々で探しましょう。

    自由を享受できるほど育ちが良くない、というのは贅沢な悩みでしょうか、どうでしょうか、ここでは何を書いてもいい、というわけではないものの、とりあえず私生活に縛られないものを書いてもいいのですが、そうすると何も書くことがない、縛られていることで何かが生み出される、現実逃避の先にここがある、何も不満がなければつまらないSNSになるという話もある、そんなことを思っています。


    何もないことから目を背けるためにアルコールがある。あとくんさきもあります、アルコールとセットであります。


    このブログ、ブログなのか? サイト、とりあえずこの場を、忘れよう、忘れたほうがいい、わからない、今気の向くままにキーボードを押しています、アルコールに逃げた状態でキーボードだけ押している、もう何もないっすよね、うつ病の治療してからマイナスはなくなったけどプラスもない、何もない状態になってきたという自覚があります、悪いところがなくなった代わりに良いところもなくなった感じがあり、あります。


    結局、今までの自分がマイナスから生み出されるエネルギーを元に動いていたというだけで、それがなくなったら何もなくなりました、めでたしめでたし、でも人生は続きます、エンディングの後のスタッフロールの間も人生は続いているのです、それをどう過ごすかという話なのかもしれません、だとしたら人生のエンディングはもう終わっているのでは、終わった人生なのでは? くしゃみを一つ、何をすべきでしょうか、意味がないです、今のところ人生に意味を見いだせてない。

  • 2025/04/30

    ぼーっとしてたら5月、まだ4月、何もしないまま日々は過ぎていく、本当に何もしていない、と、いうわけでもないけども、感覚としては何もしていない、何もしないまま一日が終わっちゃったなと毎日思っている、その繰り返しで1ヶ月は過ぎていく、光速、マジで光速、何なんこれ、充実の実感とは、生の感覚とは、マジで何。


    マジで何といえば猫、猫といえばマジで何、猫、不思議な生き物に足を噛まれています、こちらのことはお構いなしに相手の都合も考えず甘えたいときに甘えてくる、甘えたくないときは甘えない、足元にまとわりついて足を噛む、爪を立てる、ただひたすらに撫でる、こちらのことをどう認識しているのか、こっちがどういう仕事をしているとか、メンタルの調子がどうとか、そういうのは一切考えてない、ちょっと他の人間より大きいなくらいしか思っていいない、猫だから許される、こっちも猫だからと思っている、だから成立している状態、こういうことを書いている間に猫はどこかに行きました、何なん。


    猫のいなくなった席でぼんやりとしています、ぼんやりとするしかない、何もする気がない、キーボード叩くくらいしかできない、押すと文字が入力できる機械ことキーボード、押しても文字が入力できない人間こと何度目かの冬、キーボードに軍配が上がる、不思議と悔しさはない、比べる必要のないものを比べて負けたところで悔しさはなかろうよ、そうやって生きていくんですか? 何が? 猫も来ない。


    推敲というものをしていない、している文章ではない、誤字脱字はない、なぜなら文章を書く者は皆、誤字脱字をしようと思って書いていない、だから書いている時に誤字脱字はない、後から見返した時に誤字脱字は発生する、見直さなければ誤字脱字はない、振り返らなければ人生に間違いは無いように、そういうタイプの詭弁で乗り切っています、乗り切れていません、そんなに甘い世界では無いからです、辛い、世界が優しくない、自責思考が強いから他責思考が下手、世界がいけないくらいしか言えない、でも実際問題、世界はいけないし。

  • 2025/03/31

    気づいたら春だった。


    メンタルが上に下にの大騒ぎをしている合間に冬は終わって、終わった? これ終わったカウントでOK? そんなこんなしているうちにメンタルはだいぶ安定してきてこの日記の存在を思い出した。おお日記、こんなところにいたのか。寒かっただろう。


    メンタル、完全回復しました元気元気、胴上げです! このあとは軽食を用意していますので会場へどうぞ! という状態になるのは、なることは、ない。どうしたって根っからの無気力とマイナス思考、生きてるだけでよく頑張りましたという性質は変えられない、妻から「代表的な陰キャ」という有り難い称号を賜っている、放っておいてください、私は毛布の中に戻ります、それでもまぁ、もう心配はないね、という状態になるのはいつだろうなー、もうだいぶ良いと思うんだけど、という感じの近況で、いろいろなことへのやる気はまだ出ていない、出ないかもしれません、このまま、やる気、どうやら一旦やるとその後にやる気が出てくるシステムらしく、こんなんどうにもならないじゃん、一旦やるためのやる気はどこから出てくるんだよ、悪質なシステム、このシステムで「そうなのか、じゃあ一旦少しだけでもやってみよう」って思える光の人たちの陰に隠れています、陽もあたらない、差は開くばかり、覚えておけ、後ろを振り返ったら私がいるからな、振り返らずにそのまま走ってくれ、時々私のことを思い出してください。


    明日から4月、だからどうした何も変わらないこのまま日々は続いていくと思っていますが、何かが変わる人も多いんだろうだって4月だし、春はこれからだし、幸多かれと思っています、思ってはいます、ちょっと春との距離感がわからない、距離感が掴めないままに夏になる、春、春。

  • 2025/01/08

    2…2$

    感覚と打とうとしたら数字入力になっていたのでそのまま残しました、勘で商品の価格を決めているアメリカ人の店員みたい、感覚、感覚が鈍い話で、鬱はまだまだ続いていて薬でだいぶ良くなっている、はず、たぶん、そのはず、少なくとも絶望的な気分になることは減った、減ったんだけど小さくなった波はまだある、この小さい波がよくわからなくて、どうにも気分が乗らない、パソコンの前に座っても仕事をする気力が出てこない、腕が上がらなくてキーボードに手を置くことが困難、これが鬱なのか甘えなのか、自分でよくわからない、脳に電極繋いでもいいから鬱と甘えの自動判定の機械が欲しい、誰かに判断してほしい、本当は鬱なんかじゃなくて全部、全部自分が甘えてるだけなんじゃないかという不安があります。あと余った栗きんとんもあります。生クリームかけて食べるとほぼモンブランになるのでおすすめです。


    床に横になっていると、横になっています、今、毛布を被って、毛布に守ってもらっている、何から、世界、壮大すぎるな、社会、社会から守るための道具、毛布、私が生きづらい社会、こんな社会に誰がした、誰がってわけじゃないんだろうね、みんなが少しずつ良くなるように頑張った結果がこれなんだろうね、人間って社会を作るには少し頭が足りないのかもしれない、もっと社会から外れて生きるべきだったのかもしれないと思うし、でも今辛うじてやれてるのは社会の中で恐らく外れずに生きてきたおかげだとも思うし、過去の自分にもっと社会から外れて生きろと言ったって何だこいつウゼー、としか思わないでしょうね、社会も過去も別に悪くない、ただそこでやっていく力が無かっただけ、だと思う、でもちょっとは、社会の方から歩み寄ってくれてもいいのにさ、ベーシックインカムがあったらもう少し、自分に余裕をあげられたとも思うし、無理してるのか、無理してるんだな今、書きながら思う、全部そうだけど、全部書きながら思ってそれを書いてる、刹那的なブログを書いている。


    本を読む期間になった、年に2回本を読める期間が来る、バイオリズム的なものでその期間は暇さえあれば何かを読んでるし、それ以外の期間は積読を更に高くしています、読みたい気持ちはずっとあるから気になれば買うんだけど読む、文章を理解する、著者のリズムに乗って進めていく、みたいなことができるのはその期間だけ、数年前からそうなってしまった、昔は一年中ずっと何かを読んでいたのに、それでもまだ読めるタイミングが残されたのはラッキーだったと思う、全く読めなくなったら悲しいもんね、本読むの楽しいからさ。


    初詣で何もお願いしなかったのは、自分でどうにかするという気持ちの表れか、それとももう、何にも期待できなくなった表れか、わからないですね、大抵のことは何もわかりません、わからないまま雰囲気でやっています、全部。

  • 2025/01/04

    1月の4日、夜、長い正月休みも結末が迫るこの時間に、このままではまずいのではないかと思いながらこれを書いています、具体的にはこの腑抜けた状態では仕事に復帰できないのではと思い、せめて机に向かいキーボードを打つというリハビリをした方がいいと思いながら自室の寒さに挫けリビングで日本酒を飲みながらスマホをポチポチしています、腑抜けた、腑抜けてはいない、これが正常、休みとは人間が正常に戻る日、他は人間が異常行動をする日、高い蒲鉾は美味しいな、異常行動できるようにならないと、毎朝きちんと起きてパソコンに向かい価値があるのか無いのかというお仕事をして疲れ果てて1日が終わるルーティンをちゃんとできるようにならないと立派な社会人ではないのか? どうなのか? 高い蒲鉾は美味しい、日本酒も美味しい、立派な社会人にはなれなかった、休みが似合う、私には休みが似合う、私が自由にくつろいでいるだけで価値がある、それは私がすり減りながら仕事をして生み出す価値よりも、そのはずで、どうしてか世界にはそれがわからないみたい。


    正月、数字が1つ増えることに何の感慨もない、連続した日々、初なものなど何もないのだ、ということを思うことは思う、言わない、数字が1つ増えることに付随した連続した休暇、家族との時間、世間の浮かれた空気を全て否定することになってしまうから、甘んじて数字を1つ増やしにっこり笑顔で堕落する、許された堕落、期限付き。

    嫌いじゃない、正月の空気も何もかも、冬だしね、冬は好きだよ、鬱屈としてさ、それが許される気がする、それに比べて夏はどうだ、夏には夏の鬱屈があります、でも、冬は何かこう、季節が他人事、冬って他人に興味無いと思う、冬は冬、他人は他人、私は私、落ち着く、夏は押し付けがましい、LINEブロックしようかな、スタンプウザいし。


    いつか元気にやれる時まで耐えるという思いと、今やれよ甘えてんなよという思いはまだまだ闘っています、どうせ闘ったところで身体は動かないもんなので闘うことすら不毛のはずなのに闘いは続きます、何かのメタファーでしょうか、いいえメタファーではありません、何でもかんでも裏を読むんじゃない、こっちは言葉のドッジボールをやってるんだ、球を取らないで斜に構えるんじゃない外野の坊やがよ、そんな見えない敵に怒っても何も変わらず、ぼんやりとそんなことを思いながら日々を過ごしています、皆様お変わりないですか?


    しばらく見ない間に心の中の小さな村が消えていました、これもメタファーではありません。

  • 2024/12/27

    スプラトゥーン3も発売から2年以上経っているらしい、やり続けている、一切上手くならないのに、使っている武器もいえーい敵を倒しにいくぞーという武器ではなく、こう、耐え忍んでなんとかするみたいな、そんな武器なので爽快感もなく、なんというか、楽しいんだろうかこれと思いながら2年やり続けているということは楽しいのかもしれない、どうなんだろう、楽しいみたいな感情が薄いみたいで、全てにおいてこれは…楽しいのか…? と思いながらやっている、人生、人生って楽しいんですか? 人それぞれですか、そうですか。


    ご多分に漏れずあなたも年末なら私も年末です、これまでに一度でも仕事を納めたことがあっただろうか、妥協、諦め、そういうものの上に仕事納めはございます、納まっていない、来年の自分に託した、私は桃鉄100年やると決めたので後はよろしく頼む2025、桃鉄って一人でやるゲームだと思っていて、だって殺伐とするじゃん、一人で黙々と全ての物件を買い占めるゲーム、ゲーム? これはゲームですか? 作業? ゲームと作業の違いはなんですか? FF7リメイクの悪口はそこまでだ! 兎にも角にも桃鉄というものは私の中で長らくそういうものであり、これまでも、これからも、なんかでもシステムが変わって3人以上じゃないとできないようになっていて、ダルいのでCOMを入れずに3人全て操作しています、これはどうだろう、お友達いないんだねという遊び方、お友達はおりません、でもこれは違うんです、作業、作業のためなんです、そんな目で見ないで、殴るぞ。


    今年を振り返るまでもない、終わりよければ全て良しとはならない、2024年は厳しかった、否定のしようもない、最悪の年だったかもしれない、それでも希望は、ある、どうだろう、ないかもしれないけども、それでもなんとか生きたまま年末を迎えられたことは褒めてあげよう、誰を? 自分を、自分で、自分だろうが他人だろうが、褒められることが苦手かもしれない、だから何? と思っている、最低限の社会性はあるので褒められたらありがとうと言っているが最低限しかないので顔に全部出ていると思う、だから何? 過ぎたことです、私は過ぎたことにくよくよすることはあっても誇らしく思うことはないんだ捻くれているから、そうやって生きています、恥の多い人生、消えないテトリスのように恥が積み上がっていく、せめて綺麗に積めたらいいんだけども、どうだ、難しい、もう見えないスピードで落ちてきてるし、若い頃に積み上げた恥は汚く積んであるし、どうすんのこれ、いつ消化できるのか、滝に打たれようかな、でも打たれても何も変わんなそうなんだよな、イベントマスみたいな捉え方、滝に打たれて、下山して、温かいものでも食べながら酒のんで終わりみたいな、なにそれ最高じゃん、みんなで行きましょう、酒を飲む前戯として滝に打たれましょう、不純すぎる、でも滝に打たれたらこの不純さも消えるかもしれない、消えないかもしれない、消えないと思う、テトリスが1段積まれる。


    2025年はせめてなんとか、胸を張って生きられることを1つでも。

  • 2024/12/16

    長文日記に残された場、個人サイトからお届けします。一人ぼっち惑星。


    現実逃避をしている、現実逃避とはしなければならないことから目を逸らし他のことをすることで、私においてはしなければならないことは仕事、他のことは今これを書いていることです、大得意、現実逃避、お任せください!

    現実逃避でするものが一番捗る、そういうタイプの人種、確定申告の時期に仕事が捗ったりします、確定申告から目を逸らしながら、逸らさないほうがいいです、逃げ続ける人生、逃げた先で輝きたい、それができる自信がある、ただ一旦逃げないことには始まらないのが難儀なところで、戦略的撤退と呼ぶことにします、したところで、したところです。


    薬を変えて寝汗も収まってきて、過食も収まってくれればよかったね、収まりません、食べるの大好き、大好きではあるんだけどやっぱり食事と過食って違って、食べ終わって幸せなのが食事、食べ終わって幸せじゃないのが過食、そう思って最近は食べる前に「これを食べたら幸せになりますか?」と自問自答して見事に失敗しています、こういうのって成功体験を共有するんじゃないんでしょうか、失敗体験です、皆さんの糧になりたい、あとコンビニでカツサンド見つめながら自問自答している状態はそれはそれでヤバい、いくら下町と言えども許されない、下町で許されるのはローソンストア100の前でワンカップ片手に繋がれた犬に絡み続けるおじさんまでで、カツサンドの前で自分と対話しているやつはもっと相応しい街がある、どこでしょう、知ってたら教えて下さい。


    鍋を食べ終わると私の前のテーブルだけ汚い、そうやって生きている、恥を残して生きていく、テーブルは拭く。

  • 2024/12/15

    スタバにいます、日陰のテラス席、スタバの店内も似合わなければ日なたも似合わない私に残された席、日陰のテラス席、居心地が良い、スタバが似合う人になりたいのか? 別にそうは思いませんね、スタバが似合うって何だ、スタバをファッションにするな、そういう思いがありこれを書いています、嘘です、別にこういう話がしたかったわけではなく、別に何か話したかったわけでもありません、ただ私が日陰のテラス席にいること、そのせいで手がかじかんで文字入力にひどく時間がかかっていることは皆さんに知っていただきたいと思っています。この出来事が皆さんの走馬灯の1ページになるといい。


    しわっす。

    挨拶です、師走なので。元気な挨拶、一日の始まり、そんなに明るくない未来。この3点セットでご提供しています、よかったね。未来、ずっと未来に対して、まぁ最終いい感じになるだろうと思って生きてきて、今のところそうなってる気がする、でもここ最近は最終いい感じになってくれ、頼む、もうお願いだから、お願いだからさぁ! と思っていて、最終いい感じになる気はしない。日陰の席にも日差しが差し込んできました、待てば光はあたるということでしょうか、人生にも、何でも人生に例える態度は感心しませんね、日陰は日陰、人生は人生、アメリカンドッグはアメリカンドッグです、2番目に美味しい棒ことアメリカンドッグ、1番目はチュロスです。


    毎年12月に慌ただしくなる様子を見ながら、何で年末に慌ただしくしてるんだろう、年が変わるだけなのに、大晦日と正月の間はシームレスだよ、変わらない日々が続くじゃない、続いたでしょう? これまでも、年が変わって何かが変わることがあったかね、年が変わっても何も変わらない、これまでも、これからも、変わり続けていくだけです、日々、変わらないままにいますが、それでも変わっているのでしょう、私はこういう文章を書いている時、とても不安になります、整理された文章ではない、今だって唐突に話題が変わりました、タネも仕掛けもありません、ないでしょうね、強引に変えただけだから、不安になっています、何かこう、これ、言葉を選ぶな、いっか、自分のことだもんな、頭おかしい文章になってるんじゃないかと不安になっています、あと稀有な読んでくれる人にとって非常に読みづらいんじゃないかとも思っています、思っていますというかこれは確信しています、ただ、どうだ読みづらいだろうとも思っており、開き直りが上手、さすが首が座ってつかまり立ちするまでの間に開き直りを覚えただけはある。


    日陰のテラス席は日なたのテラス席になってしまいました、ぽかぽかです、クソが、居心地が悪い、私に光をあてるな、やめろ。

  • 2024/12/02

    気づいたら12月になっていて、この分だと気づいたら今年が終わっている、そうやって人生が終わっていく気がしています、12月も暗い、性格が、月が変わったくらいで性格が変わると思うなよ、来年も暗いからな、マジかよ、来年も暗いの? 来年も暗いです。


    やれば終わる、やらなければ終わりません、なのでやりましょうね、全てはそんな感じで進んでいきます、やらなければ終わりません、わかるー、わかってはいます、わかってはいます! でもできない、甘えている、一旦、目を逸らしましょう、わー、お花きれい、咲けば終わる、咲かなければ終わりません、こいつあれだ、なんか、メッセージだ、毟るぞ私にメッセージを送るな。

    今日やらないといけないこと、どう進めないといけないか、考えることはできる、考えたところで身体が動かない、違うな、頭がやるモードに切り替わらない、結果やらないといけないことを認識したままやれないという状態になり、これはですね、酷く落ち込みます。落ち込んだところで。やれば終わる、やれば終わると呟きながら一日が終わっていきます。


    何かを変えなければいけません、何かは何で、どうしたら変わりますか? おー、正論じゃん、正論棒じゃん、武器を捨てろ、その、正論棒を捨てろ、燃やせ、何かは何かで、変えたいのは変えたいの、これ以上何かを言うならこちらにも考えがあります、ありません、すいません。

    何かを変えたいと思っています、正確には何かが変わればいいなと思っています、しかし自分で変えないと何も変わりません、わかる、わかってはいます、わかってはいます! わかっていることがいっぱいあります、わかっていないこともいっぱいあります、全て頭の中の話です。


    こういう話しかできません、しかし、どういう話がしたいのですか? 正論を捨てろ、私に正論を言うな。

  • 2024/11/21

    まーた、鉄の箱に乗って会社に向かってる、マジかよ、この鉄の箱速いな、びゅんびゅん、どこだって行ける、会社だけど、昔一度だけ途中駅で嫌になっちゃって別の方向の電車に乗ったことがある、我孫子に着いた、千葉の、その後出社した、我孫子じゃないんだよな、我孫子じゃない、こういう時に着くの、別世界に行ってほしいの、9と4分の3番線から電車乗って我孫子着いたら現実じゃん、我孫子知らない人はGoogleマップでも見てください、現実がそこにあります。


    自由に飛べる夢を見た、飛べる夢大好き、起きた時にがっかりするくらい好き、飛びたいんだろうなあ、でもタケコプターとかに心躍らない、テクノロジーじゃん、こっちは魔法とか特殊能力で飛びたいの、朝っぱらから40手前の人間が魔法の力で飛びたいのと言っている状況は結構あれかもしれない、目を逸らす、飛びたいんだもん、空を飛びたいっていうより街を飛びたい、ビルとビルの間をすり抜けて、違うの、スパイダーマンじゃない、あれはだって糸の力じゃん特殊能力だけど、こう、ふっ、って、浮くような、どうにか、40までには。なんなら好きな夢見れる装置でもいいや、帰ってきません。


    歯医者に行った、えらい、褒めてあげよう、結局詰め物の下から神経出て炎症が起きてるよ、ということだったんだけど問題はその詰め物は保険適用外でやった3万円した詰め物だということで、外していい?戻せないけど、と言われた時に太ももにフォークを突き刺して外してくださいと言いました、やっぱりフォークは持ち歩くといい、突き刺せるし、パスタも食べやすい、消毒して処置してもらったら痛みはすっきり無くなりました、やったね、QOLも爆上がり、それはそれとして暗い気持ちではあります、歯も仮処置だから抉れてるし、お米が3粒くらい入るスペース、口内の収納、干し貝柱とか詰めておこうかな、ずっと美味しいし。


    別の速い鉄の箱に乗りました、もっとゆっくりでもいいのに、永遠に着かなくたっていいんだよ私は、このままだって。