2024/07/01

東京、今何も縛るものがなかったら、もう東京にはいないだろうな、と、ふと思った。それと同時に、今、自分は縛られてここにいるのか、自分の意志でここにいるわけではないのか? とも思う。

わからないよね、今となっては、最初は自分の意志でここに来たけど、長い間過ごすうちに色々なことが周りに増えていって、今自分の意志でここにいるのかはもうわからない、最初に、自分の意志でここにいることを始めたっていうのが大事なんだろうとは思う。

不思議なもんだなと思う、ただ移動するだけなら簡単なのに、仕事とか学校とか、自分だけじゃないこと含めて全部、こう、タイミングというか、全てが合わないと離れることができない、帰ることが確約された移動しかできないんだな、という捉え方をすると、縛られているという感覚になるのかもしれない。

こういうことを考えている以上、たぶんもう、東京のことをそれほど好きではないんだろうなと思う。別にいいでしょ、どんな場所だって好きでそこにいる人ばかりじゃないんだし。


一人でいれる場所って必要なんだなと、娘を見て思う。自分の部屋を欲しがっているというより、一人になりたがっている、疲れるんだろうな、娘も娘の周りの子も成長して関係性は変わってきているみたいだし、上手くやってそうだけどやっぱり疲れることも増えたんだろう、わかる、それはそれとして部屋は用意するからちょっと待って、今猫の部屋になってるから。

一人の時間が長く必要な人もいれば、なんか信じられないけど全く無くていい人もいるみたいで、いるみたいです。上手く言葉が続かなかった。どっちも極端なのはよくないね、私は前者だけど。

一人になったからといって何かをするわけでもないし、何かが変わるわけでもない、という事実が酷く憂鬱にさせる。わかってても一人にならなくていいと思えるわけでもないし。


少なくとも今よりは元気だった、前は、一つのきっかけで悪いスパイラルに嵌って抜け出せないとは思うものの、きっかけはきっかけで、スイッチを押す前に全ての準備が整っていないとスイッチ押したところで動かない、わけなので、人生の負債が今ここで発露、というところでしょうか、客観的に見たところで自分から逃げられるわけでもなし、車窓から関係ない景色を見る。忘れ去られた公園がある。