こんにちは、そちらはどうですか。
こちらは何となく、全てが何とかなっています。
懸念していた労働への復帰はハードルを下げまくったこともあって順調に仕事をこなしており、周囲の期待に応えられている実感と私にもできそうなことがこの先もありそうという安心感を得ています。
そして仕事をこなしながら頭の中は仕事のことを考えることが多くなり、働いていなかった時間に考えていた色々なこと、主に自分についてのことは、少しずつ薄くなっているのを感じます。
このまま色んな悩んでいた、もやもやとしていたことが薄くなっていって全てが大丈夫になるかといえばそんなことはなく、悩んでいたことに仕事や生活のあれこれが薄い膜のように覆いかぶさっていて、それでも確かにまだいる、なくならない、考える余裕がなくなっているだけでそのものはなくなっていない。前と同じ、前と同じなんです。ということはたどり着く結末も、恐らく前と同じ。いずれ同じことになる。時限爆弾のような、爆発しないうちは、爆発しないうちに、どうにかしないといけない。
別に仕事とそれ以外が直接関係しているわけではなくて、仕事は仕事で割り切ればいいだけの話なんだけど、仕事をしていると期待されるし、自分が考えたらもっと良くなりそうなことも見えるし、そうした時に期待に応えないとか、考えないということを無意識的に避ける、当たり前のようにそれをやる。これがいけない。このせいで他の余裕が無くなってくる。期待されたことに応えるだけの存在になっていくのをやめないといけない。結局それが続かない以上、期待にも応えられていないのだ。期待値の調整なんてずっと続けてハードルを下げてきたつもりだけど、それでも足りなかった、自分は自分が思っているよりも、それほどできる、瞬発力ではなく持続力の面で、とても力が無い。瞬発力も無かったらいいんだけどね、瞬間で力が発揮できちゃうと次も期待するからね、厄介だね。
期待されないことをしないといけない、他人に委ねてはいけない、書いてみて思ったけどたぶん承認欲求が強い、自分の何かを満たすのに他人を使ってはいけない、自分がやって自分が満足できることを探さないといけない、それはなんか、子どもの頃はできていた気がする、自分だけが満足して、幸せに一日を終えていた気がする、別に何をしていたわけじゃないけど、知らない道を進んでどこに繋がっているか確認して、それで満足していたような、そんなことがどんどん、少なくなっている。今自分が何をしてあげれば満足するのか、全然わからない。
試行錯誤しているとは思う、無意識に。メイクもファッションも、ここで文章を書いているのだって、期待されないからやってる、だから趣味って言えると、そう言い聞かせているし、自己満足ができればそれでいいと、思うんだけど私みたいなタイプにSNSって毒なのかもしれないね、あまりいいものではないのかもしれない、辞めないと思うけど、今ももしかしたら、適切な距離感ではないのかもしれない、他人の存在って大きいんだと思うし、取り留めもなく書いてみて思ったのは、今きっと、私の中の色んな認知は、相当に歪んでいるんじゃないかなということです。でした。