2023/09/18

もやもやしていることがある。仕事での目標設定について。

無職なのに仕事のことを考えるのは不毛な気もするんだけど、なんと私は3か月前までは働いていたし、たぶんそのうちまた働くことになるのです。たぶん。無職になって一番ショックだったのは国民健康保険料の納付書で、その額は私に対して少なくない焦りを与えるに十分であった。この後国民年金でもショックを受ける予定なのでお楽しみに。
仕事、私の場合はずっと勤め人で、組織に属して諸々のことをやったりやらなかったりしていたんだけど、会社員って、大抵の場合半年とか、短い企業だと四半期に一度、評価面談っていうものがある。ボーナスとか昇進とか、そういうもののために行われるんだけど、そこではこれまでの評価をするのとセットで、これからの半年、四半期の目標を立てることが求められる。要はその立てた目標を半年後、四半期後に振り返って達成しているかどうかでボーナスの額が決まったりするのだけど、この目標を立てることが苦痛でしょうがなかった。

目標、仕事の。まず第一に、目標などない。私にはない。ないんだ。しょうがないじゃない。私は仕事に対してプライドがないわけでもないし、向上心がないわけでもない。少ないけど。でも私の仕事のスタンスは今必要と思うことをやり続けていくというもので、だから今何をやろうか、やったほうがいいのかは変わり続けていく。半年先なんてわからない。とりあえず今後二週間の予定は?と聞かれれば「◯◯のクライアントがこういう状況だからこういうことをする、それと並行して◯◯あたりの技術については一度理解しておいたほうがいいからそれの調査」くらいは答えられても、半年は私にとって長過ぎる。二週間は今、半年は未来。

このスタンスのそのままを目標に書く、という選択肢もあるのだが、選択肢にあるだけで不正解である。第二に目標は、会社、基本的には直属の上司と合意を取る必要がある。この今必要だと思うことをやり続けていきますという目標は具体的に何をするのかという点が明確になっておらず、会社としては受け入れられない。これでは評価をすることが難しい。そのため目標は、会社、上司の意向を汲み取りその上で自分が何ができるのかを考えていくのだが、その作業の末に完成するものは、実現不可能な夢小説である。最初に名前を入力してね。悪夢だけど。

この作業を半年ごとに行うのだけれど、率直に申し上げてとても消耗する、何をしているのか、何の意味があるのか、アンパンマンのオープニングテーマがそんな歌詞だった気がするが、私はその時カレーパンマンのような顔をして泣き笑いのような状態であった。私はこういった類いの物が本当に上手ではないので私だけかと思っていたが、この目標設定の時期、周りを見渡すとほぼ全員がカレーパンマンの顔になっていた。ふと見れば上司もカレーパンマンであった。せめて上司だけはジャムおじさんの顔であれよ。幸せな人間が誰もいない。誰かこれで幸せになっているのか。
ちなみに私は上司側も経験しているのだが、その時はもう、カレーパンマンですらなく、藤子不二雄A先生の作画であった。世界観の相違。

目標って無いといけないんだろうか。目標が無いと進むべき道を間違えたりするんだって、人生は選択肢の連続だから、その選択を間違えてしまうんだって、本当にそうなのかな。一つ一つの選択肢に誠実に向き合って選んでいくっていうのは間違えてしまうってこと? あんまりそうは思わないんだけど。


この考えは自分の中で揺らいでいる。私は集団に対しては、無責任に理想や目標の不可欠さを感じている。何かを進めるには、まず理想の合意が必要で、そのためには各自の理想の提示が必要で、そのためには各自理想を考えるということがまず必要であると、そう考えている、まず最初は各自の理想を考えることが必要であると、これはもう、そのまま、上に書いたものとは正反対の考えだ。矛盾している。

私個人に対する考え方と、集団に対する考え方が違う。そこには合意の必要性の違いがあるし、別に考え方が違ってもいいのかもしれないけど、無責任な気もする。責任。責任の回避を意識的にしているのではという気もしている。理想を誰かに提示することは、その理想に対しては少なからず責任を持つということ。責任。責任の持ち方なんてわからないけれども、できれば持ちたくない、子どもでいたい、ずっとトイザらスキッズ。私の生まれ育った街にトイザらスはなかった。トイザらスキッズであったことは私の人生の中で一度もない。今からでもなれるかな。

嫌だよー、このままのらりくらりとしていたいという思いと、少なくとも私には家庭があって、仕事でも関わる人がいて、集団に属している人間として、このスタンスは不誠実なんじゃないかという思いのせめぎ合い。きっと勝者はいない、上手く和解してほしい、せめて私が潰れないうちに、なんとか、とも思うけれども、それはそれ、これはこれと切り分けするのがひどく苦手な性質から考えていかないといけない。根が深いというよりは、芋のように根がどこまでも横に伸びていっているような、私を変えるのはたぶん、思ったよりも大変だ。