コーヒーゼリー

「コーヒーゼリーと一緒に何を頼むのが正解なのか」

昨年のクリスマスイブ、我々は来たるべき夜の手巻き寿司パーティーに向けいそいそと買い出しに出かけ、魚屋に入らず横にあるうどん屋に吸い込まれてうどんを食べ、ミニカレーも付け、「一服したいね」と言い喫茶店に入りくつろいでいた。全く目的を達成せぬまま夕暮れとなり、手巻き寿司パーティーが数時間後に迫る中、私はチーズケーキを食べていた。刹那的に生きている。

「コーヒーゼリーと一緒に何を頼むのが正解なのか」

これはその時、妻が言った言葉であり、妻の前には可愛らしく生クリームが載ったコーヒーゼリーがあった。彼女もまた刹那的に生きている。


コーヒーゼリーと一緒に頼むドリンク。
そもそも喫茶店におけるドリンクは分類するとそう多い種類ではない。

  • コーヒー系
  • 紅茶 / 緑茶などのお茶系
  • ミルク / ココアなどの牛乳系
  • メロンソーダ / ミックスジュースなどの半甘味系

こんなとこ。一般的な喫茶店であればコーヒー系が主力、甘味と共に頼むことを考えてもコーヒー系は堅い選択肢。

しかしながらコーヒーゼリーの場合、この選択肢は選びづらい。コーヒーゼリーと名はついているが、コーヒーゼリーの90%以上はアイスコーヒーであり、ほぼコーヒーである(ゼリーは大抵そういうものであるが)。コーヒーゼリー+コーヒー系というオーダーはなかなかにハードコアであり、食感の違いを楽しむ変わり者と思われるならまだしも、「コーヒーゼリー初めてなのかな?」と思われる可能性も高い。

そのためコーヒーゼリーの場合、他の選択肢を取る。甘味の一種であることを考えれば半甘味系は避けていきたい。コーヒーゼリー+メロンソーダという組み合わせは東京の叔母さんに会いに行った小学生が頼む組み合わせであり、その時だけ許される組み合わせである(東京の叔母さんは全てを許すから)。我々はいい大人であり、東京に叔母さんもいない。ココアも同様の理由で外す。

ミルク、というのはなかなかの選択肢に思える。コーヒーとミルクの相性が良いように、コーヒーゼリーとミルクの相性はいい。コーヒーゼリーの90%以上はアイスコーヒーである。ただこの相性の良さから、コーヒーゼリーにそもそもポーション、生クリーム、練乳などが添えられていることも多く、この場合、乳(にゅう)がダブる。あと喫茶店でのミルクオーダー、単純に勇気がいる。荒野の酒場でなくともミルクは概ね子どもに用意されたメニューに思える。

そうなると必然、茶系の選択肢となる。実際に妻もアイスティーを頼み、私もそれを見て、”悪くないな”と思った。思ったのだ、”悪くないな”と。悪くないなとは結局、ベストな選択肢ではないと感じているということで、それが心に引っかかっていた。


その日から時折、ベストな選択肢は何なのかを考えるようになった。頭の中で「コーヒーゼリーと、◯◯」などとオーダーしている場面を想像し、そして並べられたコーヒーゼリーとドリンクを想像した。思いつく様々なドリンクでそれを繰り返した。アイスカフェラテ、レモンスカッシュ、ほうじ茶。その全てが、なんだろう、別に悪くはなかった。

偉そうに書いているが正直私にこだわりはなく、味の組み合わせもよくわからない。卵に醤油混ぜてごま油で焼いたものを美味しいと食べ、白米に焼き肉のたれをかけたものには「脂が足んない」と牛脂を焼いて出た脂をかけたりしている。その程度のレベル感であり、コーヒーゼリーと何が出てきたって美味しくいただく所存です。別にコーヒーゼリーとアイスコーヒーでもいいと思う。私がグルメであれば、海原雄山であれば即時ベストな組み合わせを出せたかもしれないし、もしかしたらコーヒーをゼリーにすること自体、全否定できたかもしれない(念のためググってみたが、特に海原雄山がコーヒーゼリーに対し言及していることは無いようです)。ただぼんやりと全てを美味いと感じる私は、だからこそ、全ての選択肢に対し、トップを与えることも、切り捨てることもできないでいた。


年が明けても私は頭の中でのオーダーを繰り返していた。すると少しずつ、イメージが具体化していった。いつしか私は窓の無い薄暗い店内で、焦げ茶色の年季の入ったカウンターの前に座っていた。他の客はおらず、店内にいるのは私と、カウンターを挟んで佇む店長だけだった。

店長、本当に店長なのかはわからないが少なくとも私は店長と感じるその人は、メガネをかけた頭髪の薄い優しそうな人で、私はたぶん、伊藤理佐の「おいピータン!!」9巻、「有無」の回に出てきたバーのマスターからイメージを作っている。

店長はいつも優しく微笑んでおり、私のオーダーするもの全て、その微笑みのまま優しく準備してくれる。そして私は出てきたコーヒーゼリーとドリンクを見て、「まぁ…」と思っている。思っているし、私は気づいている。店長も、納得いってない、と。店長の微笑みはビジネススマイルであり、店長は、本心で笑っていない。

それもそのはずであり、店長は私が産み出した存在であり、店長は、私だ。私は店長ではないが。私が納得いってないものに対し、店長も納得がいかないし、私が納得すれば、店長も納得する。シンプルな話だが、私はなぜか、店長に気を使い始めていた。


私は今もまだ、時折オーダーを繰り返している。窓の無い薄暗い店内で、焦げ茶色の年季の入ったカウンターの前に座り、オーダーを繰り返している。ただそれはもう、ベストな組み合わせを探すためではなく、店長の納得するオーダーをすることに目的が変わり、そして店長はまだ、納得していない。

今はただ、店長の笑顔が見たいという、その一心です。